とにかくどんな時でも英語の音に触れておく姿勢は大切であるとわかります。相当な根性がないとできない努力で、気が遠くなるほどの道のりです。
大学で英語を教えている米国人に以前言われたのが、「日本でどれだけ英語を学んだとしても、決して話せるようにはならない。ただし、まあまあ書けるようにはなる」ということです。以前「ラジオビジネス英語」でピーター・バラカン氏もまったく同じ見解を述べていました。そこに挑戦しようとする日本人は、筆者を含めて少数派ではありません。1日1時間の勉強程度では焼け石に水で、やってもやらなくても同じです。しかし、5時間以上英語に投入できる社会人は稀です。となると、1日3時間くらいの学習で成果を上げる必要があります。3時間で話せるようになるのはまず無理でしょう。
高望みをせず、失望せず継続することが大切です。誰もができるようになると主張するのは間違いです。試しに限界までやってみればわかります。それでも得るものはたくさんあります。中途半端にできる日本人は多く存在します。「まあまあ英語ができるね」では挑戦する価値はないと考えています。そこに能力の問題がからんできますので、やっかいです。
出来る人の話をそのまま受け取ってはなりません。海外で20年も勤務していた先生には、日本で英語を学ぶ人の気持ちはわかりません。帰国子女のアナウンサーに、純粋な日本人学習者の心はわかりません。
英語ができたから人生が大きく変わることはないでしょう。しかし、なぜこれほど難しいのか考えさせられます。10代の子どもたちが学校の勉強以外に、もっとずっと先をみて必死に勉強すれば高みに到達できる可能性はあります。しかし、日本語の勉強がおろそかになると別の問題が生じます。通常は正確な日本語の運用がもっとも大切な教育上の要素であるからです。そのうえで英語や他の言語を学ぶことです。日本語が中心であることはあらためて言うまでもありません。
0 件のコメント:
コメントを投稿
記事へのコメント、フーチ(振り子)を使った波動測定のご希望などはこちらにお願いします。