毎日外食、中食するのは絶対に避けなければなりません。それだったら何も食べない方が良いです。外食、中食の多くは体に負担をかけます。人々の健康のことを考えて作っている企業、お店は少数派です。
中食でも外食と同じ位置づけであり、注意が必要です。しかし、すべて手作りにするのは困難であり、たまに外食するのは大丈夫です。外食を利用する時には細心の注意をもって味と品質を確認する態度が不可欠です。多くの人の口コミを信用してはなりません。わかっている人はつまらない書き込みはしないためです。わからない人がわかったふりをしているにすぎません。それが大衆の書き込みです。専門家ではありませんし、味覚は幼少時の食事で決まります。個人差が大きい問題です。客観的に正しい評価尺度を持っている人はほとんどいないといえます。
何万円もするような外食をして贅沢三昧な食生活を楽しんでいる人は、『修身録』を読んだ方が良いです。いまからでも遅くはありません。水野南北先生の辛口の言葉を受け入れ、改心することが大切です。
とはいっても、食事の制御はごく基本です。人間としてはできて当然で、とりわけ人生が変わる力を持ってはいません。涼しい顔をしていつでも食の節制をできるのが当たり前です。それがあってはじめて、性の節制が可能となります。性の節制は次元が異なる高度な修行です。周囲に参考になりそうな実践者はいません。
自分だけを頼りに、孤独な道を進む修行です。楽ではありません。しかし、苦痛といえるほどの修行ではありません。これも実は、人間として当然できるレベルの修行であると徐々に感じ始めています。
もっと難しいのは霊性進化の修行です。魂に受け入れる準備ができてからはじめる修行です。その道は数千年単位の時間軸で考える必要があります。
食や性を楽しんでいる人が『霊訓』を読んでも時間の無駄です。いつも女性のあとを追いかけている人が、霊訓を読んで何がわかるでしょうか。わかったと思うのは錯覚です。まず基本を徹底してから言ってください。何日断食しようが何も変わりません。断食していやらしい雑念を抱えていたら、負の影響しか生じません。
体が健康になると道を踏み外す人たちが出てきます。筆者が接すれば、そのような偽物の健康主義者は即座にわかります。異常なまでに食事を制限する人は、精神構造がおかしくなっています。大切なことは別にあります。自分の健康だけを考えていては駄目です。健康は当然の条件です。目指すべき地点はもっと遠くにあります。それはグループで仲良く取り組む内容ではありません。ひとりで実践する活動です。そして、成果が出るのは少なくとも10年以上先です。あせって結果を求めてはなりません。
.jpg)

