2025年2月23日日曜日

男性と女性の修行

先に述べましたとおり、女性の修行の中心にあるのは感情の制御です。女性の特質といえる側面があり、男性は寛容と忍耐の心で応じなければなりません。女性が気分屋なのはある程度仕方がないことです。男性にはまた別の課題があり、お互いさまです。

男性の観点からみれば、感情の制御は難しい修行には思えません。男性の性の制御はもっと高度な要素を含んでいます。率直に言って男性の修行の方が困難さを伴います。ほとんどの男性は修行と思わず、楽しんでエネルギーを失っている現状があります。もし本気で修行ととらえて生活したら、男性は最大の能力を発揮して世の中に貢献すると思われます。

女性からみて、男性の性への気持ちはどんなものか想像できません。どんなに人格を磨いても、周期があってたまに欲求が高まるのはごく自然で健康です。世界一高潔な人でも同じです。人格だけで制御できると主張するのは間違いです。イエス・キリスト様のような男性はどこにも居ません。また、性への欲は使い方を間違えなければ尊い、愛すべきものです。

本来、食と性への欲は男性が強く持ちます。二つとも強い女性がいれば、気持ちは強くなり言いたいことを言って譲らず、周囲との摩擦を増やす要因になります。その女性がもし高学歴であれば、もう手が付けられません。そして、本人は最高に優秀な女性と思って世間を闊歩します。

たくさん食べないと気が済まない女性、いつも食べ物を最優先している女性、毎日お酒を飲んでいる女性は、気づかないうちに相当外見が劣化します。実際には内面の劣化がそれを上回る深刻さをもっていますが、外からはわかりにくいので気づきません。ひとりで生活して誰も助言してくれない女性は、自分の心を強く監視しなければなりません。その自制がないと、歳を取った時に誰も相手にしてくれなくなります。多少お金があっても役には立ちません。人はひとりでは生きていけないからであり、それには愛される対象とならなければなりません。

愛される本質は、自分が愛を持つ行為をとれるかにかかります。愛が無い人が愛されるはずがありません。そして、食と性を楽しむ女性に愛があるとは到底思えません。いかに表面上は「美人」でも、筆者からみれば軽蔑の対象となります。それにそのような見せかけの美人は20代で終わります。

修行の結果が出るのは人生の後半です。遅くとも20代後半には修行を始めていないと、50代以降になってからでは時すでに遅しです。このあたりの厳しさは誰にも等しく出てきます。修行を大切にするかどうかは、結局は自己統制にゆだねられます。

シルバーバーチ霊は、木の葉一枚落ちるのも天に通じるといいます。どんな行為も考えも、完全に明らかにされます。そうであるからこそ、最低でも90%以上の心の純度を保たなければなりません。100%実践できたらすでに課題は何もないので、この世にそもそも存在しません。自分で100%できていると主張する男性がいたら、必ず疑った方が良いです。しかし、50%しか実践できないとしたら、生きているとは言えません。より厳しく言えば、死んでいるのも同然です。

2025年2月22日土曜日

心の純度

心に悪い感情をわずかに抱いただけで、すべては霊界に伝わります。地上の人間には察知できません。勘が鋭い人は何となくわかる領域であっても、通常はほとんどわかりません。

しかし、霊界には電光石火で伝わります。人間にわからないからといって安心するのは大きな間違いです。霊界にはすべてが筒抜けの状態であり、隠し事はひとつもできません。隠し財産を持っていたり、愛人がいたりする事実は守護霊は完全に把握しています。

また、悪い考えをもつことの大きな弊害があります。普段霊界からの支援が強い人であるほど、好ましくない感情を抱いた時に外見が一気に悪くなります。その時間差はほとんどなく、何が起きたのかはわかりません。本人は鏡を持ち歩いているわけではないので、いつもと同じと思っているはずです。

その悪い感情の中で最悪のものは妬みです。その感情を抱くと、確実に自分に戻ってきます。絶対にこの感情だけは抱かないように注意する必要があります。特に女性は妬みの感情を持つ傾向があります。霊的な知識がない場合には大きな咎めはありません。知らないから仕方がない、と寛容の精神で見ていただけます。しかし、多少でも霊的知識があれば許されません。

女性はずっと綺麗でいたいのであれば霊的知識を増やして、妬みや悪い感情を一切持たないようにすることが不可欠です。これは何度強調してもしすぎることはありません。それくらいに重要度の高い問題です。感情の制御は女性の方が明らかに難しく、その事実を正確に把握しなければなりません。そして、もし悪い感情を持ったらその瞬間に美が遠のくと認識してください。

害の大きさとしては、男性が女性に嫌らしい感情を抱くことよりも女性が嫉妬、妬みの感情を抱くことの方が魂と外見への悪影響が甚大です。その害は比較にならないほど女性の方が大きいです。そして、霊的な知識が増えるにしたがって、より高潔な生き方が求められます。自分本位の生き方はできなくなります。美にこだわるなら、化粧品や美容ではなく心のあり方に注目すべきです。

理想はいつでも心の中を誰に見られても問題ない状態に近づけることです。地上には仮面をつけた人が多すぎます。心の純度を高める訓練は生涯続きます。当たり前です。その際に、美味しいものをたくさん食べようと考えるのは、やはり好ましくありません。食べ物に強い魅力を感じる方は、『修身録』を何度も繰り返して読んでみてください。お薦めは全文を手書きでノートに写すことです。筆者は万年筆で3回書きました。

また、美しくて多くの男性から声がかかる女性は、性の慎みを強く守ることが求められます。複数の男性と関係をもっていると、世界水準の美人が10年で凡人以下となります。本当です。間違いないことです。男性に好かれていて自分も男性に関心があると、つい心を許してしまいます。大きな落とし穴です。爆弾を踏むといっても差し支えありません。

男性に好かれる女性ほど、意識して男性を遠ざけなければなりません。それが若く綺麗でいるための条件です。その条件を無視した生活をすれば、10年ですべてを失います。それでも良いというのであれば、筆者との共通の認識は一切ありません。両手に花とはいかないのが人生です。美しさを極めるつもりなら、男性との関係を極力綺麗に保つことです。しかし、妬みの感情を克服できなければ美への効果は半減します。この二つは女性の大きな課題です。

2025年2月20日木曜日

紙飛行機と筋力トレーニング

フーチで波動測定してみました。公園で1時間紙飛行機を飛ばした時の体を鍛える効果、力を1とすると、30分間の筋力トレーニングは400です。数字が大きければ良いとは一概に言い切れませんが、筆者の場合では紙飛行機を飛ばしてもほぼ健康への効果は無さそうです。つまり、負荷が小さすぎます。

むしろ紙飛行機は作る作業が大切です。頭を相当使うためです。集中力が必要で、何も考えられないほど集中しないと性能の良い機体は作れません。しばらく作っていないので忘れてきてしまいました。忘れない程度に適度に作ってみたいと考えています。

筋力トレーニングは適度に負荷をかけると最高に良い訓練となります。無理しすぎては逆効果です。ナルシストのように体を鍛える人とは距離を置いています。そもそも『修身録』の実践で粗食を基本とすれば、あまり筋肉はつきません。それで十分と思われます。確認として、プロテインの摂取は禁止です。不自然な食品に頼ってはなりません。

2025年2月17日月曜日

徹底した食事の制御

徹底した食事の制御を10年間以上続けた場合、健康になることと経済的にゆとりが出来ることの2つが大きな利点です。この場合の食事は1日1~2食を基本とし、外食は1年間に最大3回までとします。できればお盆とお正月の2回のみが理想です。すべての飲食の会合は断り、お酒は一度も飲んではなりません。

この状態で10年間継続できる人は皆無に近いです。筆者は13年間守りました。そこで、運命が開花するかどうかですが、これだけでは開花しないというのが結論です。能力はそう変わりませんし、見た目に大きな変化はありません。頭が良くなって仕事が順調にいくことはありません。ただし、お金だけは貯まりますのでそれは素晴らしい効果です。そして、一度節制した生活が習慣化すれば、どんなときにも気合で節制できるようになります。皆が遊んでいるときであっても、自宅で静かに過ごせます。

実際に食と性の欲は近いところにあるため、食をコントロールできれば自然と性も制御できます。どちらか片方だけを節制する人は滅多にいません。ともに守らないと欲は適正値におさまりません。

公表されている標準体重はかなり重い数字です。そのとおりに信じると甘い判断が出てきます。なるべく厳しめの数値を考える必要があります。トレーニングで20kgの鉄アレイを持ってみて、このウエイトがいかに重いかがわかります。もし48kgの体重が68kgあったら、この鉄アレイを毎日持ち歩いているのと同じ負荷が足腰にかかります。ものすごい不健康な状態です。重い体重は足に負担をかけ、最後に歩けなくなる恐れがあります。

そうならないためには、若いときからの節制が重要です。目の前にお肉やデザートなどのご馳走がならんでいても何も感じない水準になるには、10年間の節制は必要です。同じように、近くに綺麗な女性がいても関心を持たないようになるには10年の節制が必要です。ただし、後者の方が難しいのは明らかです。また、異性への関心が完全になくなってしまうともはや男性ではなくなりますので、そこまでの無理な要求は守護霊からは決してありません。

もし経済的に困っている人がたくさん食べると、いつまでたっても貧困から抜け出せません。貧困を人のせいにしてはだめです。自分の食欲を制御しなければ問題は解決しません。3年間以上の粗食の実践が続けば物事は好転してくるはずです。最初の3年間は外食をすべて断ち切る必要があります。お昼を食べたい場合には、手作りのお弁当を持参することです。それを続けられないうちは、食欲からの脱却は難しいです。

食欲を制御できて、はじめて他の行動を制御できるようになります。食べたいだけ食べ、お酒を浴びるように飲んでいてはまったくの無駄な人生です。そして、また生まれ変わってやり直さなければなりません。そうなりたくないなら、最低限食を節制することです。それができないようであれば、難しい仕事で成功する確率は限りなくゼロに近いです。

2025年2月16日日曜日

高級車がずらり

勤務地は山に囲まれた地域ですが、街中はよく高級車が走っています。ドイツのメルセデスベンツやBMW、アウディ、国産ではレクサスに多く出会います。先日は大学のすぐ近くで艶消しブラックのメルセデスのセダンが目の前にいました。おそらく2000万円以上はするはずです。もっと高いのかもしれません。

これだけの高級車が走っているということは、仕事で成功しているからでしょう。日本はここ10年で高級車の割合が高まっている印象を受けます。自宅近くでは日産のフェアレディZがあって、素晴らしくかっこいいです。近くに見に行くと他県ナンバーで、転勤でこちらに来た可能性があります。Zは国産スポーツカーでは間違いなく第一位の車です。 

車は値段の差が外観に表れやすい工業製品です。レクサスなどは国産随一の素敵な印象を放っていて、見るからに高そうです。

スーパーマーケットで買い物を終えてアルファ ロメオの元に戻ると、駐車場で目立たなくて良いとつくづく思います。最新の高級車たちにはない、さびしげな安い雰囲気が気に入っています。自分にちょうど良い感じです。実家に置いてあるロードスターはさらに古くてもっと安いわけですが、やはり2シーターのスポーツカーは田舎では目立ちます。夏にアルファ ロメオを実家に置いてロードスターを持ってこようか迷っているところです。全然高級ではなくてクラシックの領域に入りそうな古さなのに、特別な感じがあるのはさすがマツダです。

いまは周囲がみな高級車ばかりなので、あまり気にしなくて良い可能性はあります。そして、いよいよロードスターの全面修理が本格化する気配があります。実家の比較的そばで旧車の板金塗装を得意とする、個人経営のお店があります。近いうちに相談に出かけてみます。そして、古い車を直していただけるか若い社長さんに相談します。

2025年2月15日土曜日

『ベールの彼方の生活』

G.V.オーエン氏の『ベールの彼方の生活2 天界の高地篇』を読み返しています。素晴らしい内容です。基本的な部分では『シルバーバーチの霊訓』と共通していますが、話し手が違うと微妙なニュアンスは異なります。

このなかに魂が向上進化していくと、現実の世界との差が激しくなって苦しくてどうにもならず、ついに限界まできて叫び声をあげると、天界のしかるべき使者が一段上の世界に連れていってくださる、という場面が出てきます。こうして上の界に移動した当初は大変快適な生活を送れるのですが、さらに魂が向上するとその界に所属するのがまたつらくなって限界を迎え、次の上の階層に引き上げられるプロセスを繰り返していきます。

私たちが所属する地上は最低に近い階層ですので、霊的な面を大切に精神の修養を積んでいれば当然苦しくなります。もし楽しいだけの日々を送っているのであれば、それだけ魂の水準が低いことの証左といえます。シルバーバーチ霊は「この薄暗い地上に戻ってくるのは大変なことです」とよく言います。本来の高級な波動を落とす、波長の制御に大変なエネルギーを使います。そして、「地上で暮らす皆さんを心からお気の毒に思う」という趣旨のことも言われます。

現状を正しく認識することは不可欠です。これは現状に文句をいうのとは次元が異なる話です。もしいまの自分に満足するようであれば、そして現在の地上世界に満足するようであれば、もうその人は退化しているのであって自分では気づいていません。自己に満足してお金もある程度あって、何不自由なく生活していても進化はありません。苦しい環境に置かれないと人は磨かれません。そうでないという人は自分の思う道を進むのが良いです。筆者はいつも現在の状況に満足しておらず、苦しい思いの方が圧倒的に多いです。

人生で大切なのは霊的進化を進めることです。それには数百年、数千年の時間が必要です。まだ旅は始まったばかりです。食と性の節制などと小さな世界で完結していては先が見えてしまいます。また、それくらいの修行でやたらに強気になっていては霊界から評価されません。常に謙虚さが必要です。しかし、謙虚さは後天的には獲得できません。生まれながらに持っている資質です。私が自信過剰な人を嫌う理由はそこにあります。

アクセス解析について

本ブログはGoogleのbloggerを利用しています。その関係からか、Googleでキーワード検索をすると上位に表示されます。完全無料のブログで広告がないところが気に入っています。また、アクセス解析はごく基本的な情報のみ把握できます。つまり、アクセス数でわかるのは国別とブラウザ別(クロームなど)、オペレーティングシステム別(アンドロイドなど)だけです。細かい地域などは不明です。

したがいまして、読者の方々は安心してアクセスできます。あまり細かいアクセス解析がついていると不安に思う方が出てくると思われます。その点はさすがにGoogleのシステムであり、きわめてシンプルな作りです。

利用する筆者としても全体のアクセス数しか確認しておりません。おおよそ毎月1000件のアクセスがあります。

2025年2月14日金曜日

勝気は良くない

禁欲的な生き方をすると傾向として気持ちの強さが出てきます。それが良いのかどうか判断が難しい点です。以前は無条件に良いと思っていましたが、そうではありません。

いつも落ち着いて緊張せず、堂々として強く人に当たれることが本当に良いとは思えなくなりつつあります。食と性を節制しているだけで、強気になってはなりません。結局のところパナソニック創業者の松下幸之助氏が言ったように、「人は愛嬌がなければ愛されない」と考えています。常に堂々としている人に愛嬌を感じません。緊張したり失敗したり、どきどきハラハラしながら生きている方がより人間味があります。

私たちは機械ではありません。ロボットのように気持ちを持たずに仕事をできるはずはありません。禁欲を強く実践すると、ロボットのようになってきます。その時に自分の言動を振り返る必要性があります。

自分では最高の生き方をしていると思っても、他人の評価は違います。そして、人は欠点がなければ愛されません。強いだけの人は警戒の対象となり、友人とはみなされなくなります。欠点がある方が良いのは人間らしいからです。

人間味のない完璧な人がいても、誰も近づきはしません。そして、地上でもっとも嫌われる人になるでしょう。

2025年2月12日水曜日

お酒が最悪の害

フーチで何度波動測定しても、お酒がもっとも大きな害があるとのことです。外食が続いてたくさん食べて、女性と遊んでいる男性であっても、お酒を1滴も飲まないのであれば意外と害が少ない可能性があります。実際に職場の後輩はその一人ですが、お酒を飲まないためか若者のようです。体も痩せています。

誰の手にも入りやすい食品であるお酒は、若々しさを保ちたい人には不要です。毎日お酒を飲んでいては老化が進むばかりです。適量ならば大丈夫と人は言うでしょう。しかし、何をもって適量というのかわかりません。また、適量はすぐに超えてしまうのが実情です。

老化してもお酒を飲みたい人はそれも個人の自由です。しかし、少しでも若々しく健康でいたいのであれば、お酒は一切飲まない姿勢が不可欠です。

2025年2月11日火曜日

大学は関係ない

最近まで旧帝国大学が最高の学術機関であると思っていました。小学校時代の秀才は二人が東京大学に進学し、高校で仲の良かった仲間は東北大学、北海道大学に進みました。そのうち、一人は東京大学の大学院で教授職に就いています。

私立大学に進んだ筆者は、彼らに対して劣等感を持っていました。大学院こそ上位の国立大学に進学したものの、学部の評価が一生ついて回ります。

しかし、難関大学を卒業した人たちと一緒に仕事をしてみて、「そうでもない」と思い始めています。学歴先行で中身が伴わない人が少なくありません。確かに旧帝国大学の入学試験を突破するには高い学力が必要です。一方、私立大学は3科目です。最近は1科目、2科目で受験できる私立大学も増えています(1科目受験はイメージ向上を目的とした偏差値操作とみています。当然、偏差値が70などと高く出るからです)。

しかし、私立には大らかな良さがあります。筆者は両方の大学を出てみて、私立に魅力を感じます。ただし、医学部を除いて私立で難関といえるのは慶應義塾大学と早稲田大学だけです。ほかはどこを選んでも偏差値では大きく変わりませんし、難関とはいえません。あくまでも受験の偏差値でみるとそうなります。しかし、実態は違います。偏差値は単なる数字です。

高校生たちはもっと自由に大学を選ぶべきです。偏差値がすべてではありません。その事実がわかるのに、大学の世界に勤務する私でも相当な時間を要しました。どこの大学を出たかはその人の魅力と関係はありません。どう生きるかが大切であり、大学はひとつの指標にすぎません。過度な期待を抱くと入学後に失望するのは明らかです。

勉強は一生続きます。大学での勉強は4年間、大学院を合わせても10年足らずです。それだけの勉強で大きな成果を上げるのは困難です。博士号を取得したからといって、どんなことでもわかるわけがありません。威張る人が多すぎます。