2025年2月15日土曜日

アクセス解析について

本ブログはGoogleのbloggerを利用しています。その関係からか、Googleでキーワード検索をすると上位に表示されます。完全無料のブログで広告がないところが気に入っています。また、アクセス解析はごく基本的な情報のみ把握できます。つまり、アクセス数でわかるのは国別とブラウザ別(クロームなど)、オペレーティングシステム別(アンドロイドなど)だけです。細かい地域などは不明です。

したがいまして、読者の方々は安心してアクセスできます。あまり細かいアクセス解析がついていると不安に思う方が出てくると思われます。その点はさすがにGoogleのシステムであり、きわめてシンプルな作りです。

利用する筆者としても全体のアクセス数しか確認しておりません。おおよそ毎月1000件のアクセスがあります。

2025年2月14日金曜日

勝気は良くない

禁欲的な生き方をすると傾向として気持ちの強さが出てきます。それが良いのかどうか判断が難しい点です。以前は無条件に良いと思っていましたが、そうではありません。

いつも落ち着いて緊張せず、堂々として強く人に当たれることが本当に良いとは思えなくなりつつあります。食と性を節制しているだけで、強気になってはなりません。結局のところパナソニック創業者の松下幸之助氏が言ったように、「人は愛嬌がなければ愛されない」と考えています。常に堂々としている人に愛嬌を感じません。緊張したり失敗したり、どきどきハラハラしながら生きている方がより人間味があります。

私たちは機械ではありません。ロボットのように気持ちを持たずに仕事をできるはずはありません。禁欲を強く実践すると、ロボットのようになってきます。その時に自分の言動を振り返る必要性があります。

自分では最高の生き方をしていると思っても、他人の評価は違います。そして、人は欠点がなければ愛されません。強いだけの人は警戒の対象となり、友人とはみなされなくなります。欠点がある方が良いのは人間らしいからです。

人間味のない完璧な人がいても、誰も近づきはしません。そして、地上でもっとも嫌われる人になるでしょう。

2025年2月12日水曜日

お酒が最悪の害

フーチで何度波動測定しても、お酒がもっとも大きな害があるとのことです。外食が続いてたくさん食べて、女性と遊んでいる男性であっても、お酒を1滴も飲まないのであれば意外と害が少ない可能性があります。実際に職場の後輩はその一人ですが、お酒を飲まないためか若者のようです。体も痩せています。

誰の手にも入りやすい食品であるお酒は、若々しさを保ちたい人には不要です。毎日お酒を飲んでいては老化が進むばかりです。適量ならば大丈夫と人は言うでしょう。しかし、何をもって適量というのかわかりません。また、適量はすぐに超えてしまうのが実情です。

老化してもお酒を飲みたい人はそれも個人の自由です。しかし、少しでも若々しく健康でいたいのであれば、お酒は一切飲まない姿勢が不可欠です。

2025年2月11日火曜日

大学は関係ない

最近まで旧帝国大学が最高の学術機関であると思っていました。小学校時代の秀才は二人が東京大学に進学し、高校で仲の良かった仲間は東北大学、北海道大学に進みました。そのうち、一人は東京大学の大学院で教授職に就いています。

私立大学に進んだ筆者は、彼らに対して劣等感を持っていました。大学院こそ上位の国立大学に進学したものの、学部の評価が一生ついて回ります。

しかし、難関大学を卒業した人たちと一緒に仕事をしてみて、「そうでもない」と思い始めています。学歴先行で中身が伴わない人が少なくありません。確かに旧帝国大学の入学試験を突破するには高い学力が必要です。一方、私立大学は3科目です。最近は1科目、2科目で受験できる私立大学も増えています(1科目受験はイメージ向上を目的とした偏差値操作とみています。当然、偏差値が70などと高く出るからです)。

しかし、私立には大らかな良さがあります。筆者は両方の大学を出てみて、私立に魅力を感じます。ただし、医学部を除いて私立で難関といえるのは慶應義塾大学と早稲田大学だけです。ほかはどこを選んでも偏差値では大きく変わりませんし、難関とはいえません。あくまでも受験の偏差値でみるとそうなります。しかし、実態は違います。偏差値は単なる数字です。

高校生たちはもっと自由に大学を選ぶべきです。偏差値がすべてではありません。その事実がわかるのに、大学の世界に勤務する私でも相当な時間を要しました。どこの大学を出たかはその人の魅力と関係はありません。どう生きるかが大切であり、大学はひとつの指標にすぎません。過度な期待を抱くと入学後に失望するのは明らかです。

勉強は一生続きます。大学での勉強は4年間、大学院を合わせても10年足らずです。それだけの勉強で大きな成果を上げるのは困難です。博士号を取得したからといって、どんなことでもわかるわけがありません。威張る人が多すぎます。

2025年2月9日日曜日

下半身は少し太く

筋肉痛のため2日間休んでいる筋力トレーニングは、今夜から再開します。体重はむしろ減少気味ですが、下半身は若干太くなってきました。タイツとレッグウォーマーを着用してジーンズを穿くと、製品によってはかなりきついです。

まだ外で穿いていない26インチのベルボトム(SLIDER)は、室内で穿いてみると2ヵ月前とは違ってきつくて無理です。何とかボタンが止まるのですが、膝とももの周囲がきつくてしわが入ってしまいます。ベルボトムのラインが綺麗に出ません。そこで、27インチの他のフレアを穿いてみるとちょうど良くなっていました。0~30kgのウエートをかけてスクワットをしているため、1サイズ近く大きくなりました。

あまりきついジーンズは体に悪いです。Levi's501の限定版28インチは、作りが小さくてボタンを閉めにくいです。感覚的には26インチくらいの小ささで、セールになっていた理由がわかります。とはいえ、ぴったり穿く501はかっこいいです。他の501は最小の28インチでもゆったりしています。

少し太くなってきたことから、バギージーンズを試すのは無理ではないかもしれません。背が低い場合、通常は細いストレートをぴったり穿くのが原則です。しかし、流行はゆったりめであり、たまに試してみると洋服の幅が広がります。

筋力トレーニングは英語学習と異なり、やればやるほど成果が出ます。それが励みになってますます楽しくなる好循環が生まれます。やりすぎると筋肉痛になるため、様子をみながら進めます。トレーニングを本格化してから公園を歩いていません。紙飛行機を飛ばしに行くと、行き帰りを含めて2時間程度必要となり、時間がもったいないです。トレーニングは30分から1時間で毎日できますから、いまの自分に一番あった体づくりの方法です。それに、公園を歩くより楽しくなってきました。もう春の日差しが強めで公園は紫外線を浴びるので、部屋でトレーニングがより良いといえます。

英語で言ってみる

つい先日から始めたことがあります。日本経済新聞を読んでいて、大切なところをその場で英語にして発言してみる知的作業です。独り言のような練習です。書くのではなく、使える単語を思い出しながら文章にしてみます。

このようなアウトプットの練習はあまりしてきませんでした。とにかく難しいです。基本的な英文も口から出てきません。たとえば、埼玉県で発生した道路の陥没事故の記事を読んでいて、次の部分を英語にしてみます。

「国内の水道管は各地で老朽化が進んでいる。しかし、自治体の財政難で交換が追い付かない状況である。このままでは道路の陥没に歯止めがかからない。人々が安心して暮らすには、地中に潜むあらゆるリスクを取り除くことが重要である」

難しい単語は一つも出てきません。「自治体」などはごく基本の、高校生でも知っている英単語です。しかし、即座に英文にするのはなかなか難しいです。時間がかかってしまいますし、たとたどしい英語となります。

やってみてわかったのは、自分の英語力の現状です。これくらいは楽に言えないととても経営学の学会で英語での報告はできません。また、中学英語の教科書を数百回音読してもこの記事程度のやさしい日本語でさえ、英語には転換できないはずです。使われている単語の水準が違います。

この訓練は精神的なダメージが大きいわけですが、実力を知るには最適です。ぜひ続けてみたいと思っています。音読やシャドーイングだけでは英語がすらすら口から出てくることはありません。それらは入門的な、やさしい訓練です。

先週の教授会で後輩の英語教員が言っていました。「私は留学の経験がない」と。それなのに英語を自在に使いこなしています。素晴らしいです。失礼ながら後輩の出身大学は準難関の私立大学で、筆者はその程度では良い大学と思っておりません。しかし、英語力に大学は無関係です。大した大学を出ていないのに、そして留学していないのにこの英語力とは驚きます。

後輩が言うには、英語で論文を執筆しないと意味がないそうです。ずばずば言うので敵も多くなる後輩です。人間的には嫌いですが、実力は高いです。しかし、英語学習の相談はとてもする気になりません。

実は先日、他大学の先輩教員から「英語で一緒に海外の学会(オンライン)で報告しませんか」と誘われました。非母語話者の報告ばかりで難しいこともないので、原稿を作って臨めば良いとのことでした。とはいえ、英国の超一流大学での報告で分不相応です。まだそんな場面に出られるほどの実力はありません。今回は丁重にお断りしました。

それにしても英語が出来る方はいくらでもいます。もういまの日本ではそれくらいは当たり前で、その先が問題になってきます。当たり前といえる水準の英語力に達していないのは残念です。発音だけ良くても駄目です。とはいえ、段々と自分の才能の無さがわかってきました。特に失望はしておらず、無理せず長く続けます。ここからが本当の勉強です。

2025年2月8日土曜日

強迫観念

食と性の節制は強迫観念にとらわれると否定的な影響が出ます。あまり無理をしてまで実践する必要はなく、個々人の事情を配慮した実践が必要です。唯一の正解といえる対策は存在しません。それは、人間の判断ではわからないからです。

とはいっても、食の節制で危険な領域に入ることは通常ありません。空腹感が高まれば、自然と食べ物を口にします。家に食材が一切ない人はいませんから、餓死するほどの節制は誰もしません。

性の節制は健康体かどうかで決まります。つまり、健康な場合に無理をするとおかしくなる危険性はあります。ウェブ上に氾濫する偽の情報では、限界を超えて実践していると豪語している内容があります。それを真似して無理すると、かなりの高い確率で体の機能を失います。

健康な男性は注意が必要です。ウェブで実践していると強調する人たちが、どこまで実践しているのかわかったものではありません。証拠がありません。また、女性が偽って物語を創出している可能性もあります。さらに、自分の身体機能が失われていて、犠牲者の道連れを増やそうと意図している場合があります。一定の人たちからの称賛を得たい気持ちもあるのでしょう。どちらにしても、ウェブ上の禁欲情報を安易に信じてはなりません。

筆者のコンテンツもそうです。理性が反発することは受け入れないでいただきたいと思います。また、実践は自己責任の範囲でお願いします。

フーチの波動測定では、筆者が現在の取り組みを進めるとあと6年間で男性の機能を完全に失うと出ています。それは自己責任であり、そういわれると自分でも迷うところです。3年前よりも確実に機能は低下しています。10代は完全禁欲で問題ありません。睡眠中に自然と解放されるためです。20代以降は事情が異なってきます。節制していても少しずつ睡眠中に生理現象が生じにくくなってきます。つまり、まったく使わないことになって機能が低下していくメカニズムです。

自分への信頼が増し、心のなかはいつも綺麗なことに変わりはありません。しかし、その代償として男性の機能喪失がかなりの確率で起きるのは間違いありません。それが良いことであるとは言えません。

ここで改めて宮沢賢治氏の言葉を思い出します。禁欲しすぎて不健康になったとする見解です。この感覚を忘れてはなりません。自分ひとりが犠牲者になるのは自由です。しかし、他人を巻き込むことは許されません。強く言い張る禁欲主義者の声は無視することです。

また、禁欲で女性からいつも見つめられるようになるなどは、絶対にありえない現象です。すべて嘘と思っていただきたい。そのように女性からの視線を気にしている男性にろくな人はいません。また、本当にかっこよくて魅力的であれば自分で女性に好かれるとは言いません。

これまでの人生で素敵でかっこいいと思った男性に出会ったことはほぼありません。しかし、祖父が役者のようにかっこよかったのは真実です。また、亡くなったときの父の顔がとても綺麗だったことは鮮明に覚えています。ほかに見とれるほどの男性はひとりだけしかいませんでした。ライトオンの店舗に居た若い男性店員さんです。経営陣だったのでしょうか。当時高校生だった私には衝撃的なほどの存在でした。

男性の外見の綺麗さはいずれも禁欲とは無関係であり、生まれつきの資質です。禁欲で多少中性的に綺麗になっていくのは確かですが、顔の作りそのものが変わったり急に女性に好かれたりすることはありません。また、女性に好かれても道を間違えるだけなので、むしろあまり好かれないくらいが安全です。禁欲の動機が低ければ、大した男性にはなれません。そして、筆者がもし女性であれば、ほとんどが堕落したいまの日本人男性とは結婚しません。英国人または日本を除くアジア圏の人と結婚します。

2025年2月7日金曜日

筋肉痛

教授会が終わって、夜に温泉のあるホテルにチェックインしました。職場からは1時間で行ける距離です。PCを持って行きました。仕事の連絡が入る可能性があるためです。しかし、フロントの方から昨日朝からインターネット環境はすべて使えなくなっていて、復旧に時間がかかるとの説明がありました。

スマートフォンでは複雑なメールへの返答はできません。ちょうど連絡が取れなくて良いと判断し、筋力トレーニングと西野流呼吸法、温泉に専念しました。温泉は1泊で4回入りました。自家源泉で良質なお湯です。貸し切り露天風呂にも入って精神を休める機会としては良かったです。

今回は畳のあるツインルームでした。理由は筋力トレーニングを行うためです。1時間30分のトレーニングを実施したところ、わずかに筋肉痛が生じました。腹筋と腕です。トレーニングから1日経たずに筋肉痛が生じるのは良い兆候です。道具を使わないトレーニングではスクワット、腕立て伏せ、腹筋のみです。それぞれ1セット50~100回で数セット繰り返したわけですが、やはりそれほど辛くありません。というより、道具を使わないのでいくらでも出来てしまいます。しかし、筋肉痛になったということは負荷が大きかったのではないかと思います。あまり無理はさせられません。


Wi-Fiが使える環境であれば英語の学習や大学の仕事もやる予定でした。その分体を休められたので、今回は良かったと考えます。

なお、また素泊まりでした。夜に小さいパンを食べただけで、朝お風呂で体重を測ると46.8kgでした。どうしても減ってしまいます。空腹感はありませんし、食べない方が体が軽いです。しかし、46kg台は少なく感じます。お風呂で会う中年男性たちのふくよかな体には再度驚きます。

ホテルにはたくさんの漫画が並んだ図書室があります。木造で格調の高い作りです。試しに何冊か読んでみましたが、全然受け付けませんでした。昔好きだったヤクザの世界を描いた作品など、いまみると吐き気がするほどの嫌悪感があり、自分でも意外でした。感動の『がんばれ元気』を作った小山ゆう氏の『あずみ』は初めて読んだのですが、1巻の最初で駄目でした。残酷で読めません。現在は漫画とほど遠い世界にいて、心が受け付けません。

教授会での厳しいやり取りのあと、夜にホテルでトレーニングに集中するのは新しい試みです。静かなホテルで源泉かけ流しが非常に心地よいです。そう頻繁に通える距離ではありませんが、時々利用してみたいと考えています。

2025年2月5日水曜日

宗家キムチ

その後、仕事の帰りにスーパーマーケットでキムチを探し続けて、徐々にわかってきました。乳酸菌が活きているのは本場韓国直輸入品です。国産の人気商品にはあまり乳酸菌を含まないものが多くあります。どちらが体に良いかといえば、乳酸菌を多く含んだキムチです。そのようなキムチは製造から日数が経過すると、発酵が進んで酸味が強くなります。乳酸菌を多く含む証拠です。

「宗家(チョンカ)キムチ」は韓国で市場占有率第一位のブランドです。幸いなことに、スーパーマーケットでもっとも入手しやすい直輸入品です。職場近くの3つのスーパーマーケットすべてに置いてありました。今日立ち寄った店舗では、新しい商品が大量に陳列されていました。

味は尖っていません。ややマイルドでくせがなく、美味しいキムチです。職場近くではそのお店のプライベートブランドで発売されており(宗家の名前は小さく表記されている)、400gで430円です。通常は400g入りはまず見つかりません。プライベートブランドならではのお買い得な企画です。

毎日食べ続けています。現在はキムチと珈琲が欠かせなくなりました。珈琲は2~3杯飲むようにしています。それ以上は体が欲しません。

2025年2月2日日曜日

10代の能力

人間のあらゆる能力が最大にある時期は10代です。特に中学、高校の頃が誰にとっても一番良い時です。この時に集中して努力すれば、さまざまな結果につながります。そして男子は、必ず性の節制をしなければなりません。

もちろんできる範囲での努力で十分です。性エネルギーさえ温存できれば、勉強してまったくできないことはありません。この年代の集中力はすさまじく、自分でも驚く結果を出す場合があります。

大学院時代に発明家ドクター中松氏の『リボディ』を読みました。いま手元にないのですが、「男性は二十歳になる前に射精すると、天才が凡人になってしまうので注意が必要」と書かれていました。この場合の射精は、睡眠中の無意識のそれは含みません。間違った性教育で嘘がまん延しているので、皆がおかしい方向に進んでいます。男子は必ずエネルギーを温存することです。限界までくると睡眠中に自然な生理現象で緩和され、それの害は一切ありません。

二十歳を過ぎてからの節制ではそう大きな勉強、仕事はできません。生まれついての能力まで変えることはできません。外食をすべてやめても、女性を遠ざけたとしても二十歳を過ぎてからの努力はやらないより良いのですが、10代には到底かないません。

10代をどう過ごすかがすべてを決めます。能力は高望みしない姿勢が大切です。天才は生まれついてのものです。望んで手に入るわけではありません。10代に勤勉だった人は生涯にわたって勤勉で、経済的に困らなくなります。10代、20代に女性と遊んでいた男性は、その後いくら節制しても成功はしません。それなりの改善はあるでしょう。しかし、過去の遊んだ経験を帳消しにする力は禁欲に備わっていません。

もともと女遊びに走っていた人が、素晴らしい哲学者に変貌することはありません。すべては10代から決まっています。それには両親が適切に導くかどうかが鍵です。両親が仕事に忙しくていつも子どもに接していなければ、教育は無理です。

学校での教育には限界があります。むしろ真の教育は家庭内で行われます。そのためには、母親が可能な限り子育てに時間をとり、愛情をかける努力が必須です。