戦闘が激化している国や地域での人心と現在の日本人のそれとを先日比較してみました。波動測定です。激しい戦闘が続く地域の人の荒廃を仮に1とすると、日本人は0.6です。日本人は全国民の平均値でみています。怖ろしい数字です。日本は表面は平和にみえて、実際には人心の荒廃が進んでいると考えられます。
このあたりの事情は、ウイリアム・ステントン・モーゼス氏の『霊訓』を読むと理解が深まります。筆者は霊訓の日本語訳を5回はノートに書き写し、音読は10回以上しましたので、信念の一部として完全に定着しています。浅野和三郎氏の訳は全文訳ではなく、要約版です。素晴らしい翻訳で尊敬します。原文はとても難しくて、まだ読み切れていません。
また、スリ・ユクテスワ氏の『聖なる科学』にも共通する記述がみられます。暗黒期に関する箇所で、読み込むほどに怖くなります。
最近はこの状況下で生成AIが入ってきました。賛否両論の生成AIに「ディスユートピア論」があります。非理想郷という意味です。筆者の見解は非理想郷の道を突き進んでいるとする立場です。現在は人類がこのまま停滞するのか、それを止められるのかの瀬戸際です。常に気持ちを引き締めて日々を過ごしていないと、安易な方に流されてしまいます。
そのためには、食や性を楽しんでいるなどの態度は甘すぎます。世界をみなければなりません。多くの人が飢えや渇きに苦しみ、命を落としています。お酒を飲んで騒いでいる行為は大きな罪です。恵まれない地域の人々のことを決して忘れてはなりません。
しかし、この厳しい環境には意味があります。人心の向上と進化は楽な環境では進みません。厳しく課題が多い世界であるからこそ、修行を重ねる道場としての価値が高まります。
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