水野南北先生が提唱する基本的な食事やシルバーバーチ霊とイムペレーター(インぺレーター)霊、ウィリアム・ステントン・モーゼス氏の訓え、西野流呼吸法、性の節制、フーチによる波動測定、英語学習、冷えとり健康法などについて研究するブログです。
2025年9月27日土曜日
呼吸法を続ける
2025年9月26日金曜日
節制はすべての基本
2025年9月25日木曜日
お菓子と性では
男性にとり、お菓子を完全にやめることと限界までの性の節制を継続することではどちらが難しいでしょうか。人によるとは思いますが、お菓子の完全禁止の方がやや難しいです。なぜならば、お菓子はどこでも手に入って自宅にあればつい口にしてしまうからです。ここがお菓子の怖いところです。1つ、2つなら大丈夫と理由をつけて食べると、習慣化します。
筆者がお菓子を完全にやめたのは6ヵ月間が最長です。それくらい続くと食べたいとは思わなくなりますが、他人からいただくなどどこかからお菓子が入ってきて口にするとまた元に戻ります。その繰り返しです。
お菓子1つでも体に害があるのは当然です。可能な人は完全にやめるのが理想です。筆者も挑戦し続けます。いつか必ずやめる予定です。
性の節制ではお菓子のように簡単に手に入らないので、目に入る刺激さえなければ大丈夫です。そして、節制をしている状態が平常値となれば、めったに欲が高まることはありません。人によっては「枯れてしまった」と思うかもしれません。枯れたのではなく、エネルギーが頭脳などほかの場所に移動しているだけです。心配はいりません。
もし本当に枯れたらどうしようかと心配するかもしれません。数年単位の1滴ももらさない完全禁欲では枯れる懸念はかなりあります。それを受け入れられる男性であれば、自己責任で取り組むのは良いと思います。筆者にはそこまでの覚悟はありません。機能を保ったままの限界までの節制が一番合っています。
そして、性の節制をすると仮に目の前に美しい女性がずらりと並んでいるような状況になっても - そんな経験は一度もありませんが ー 何とも思いません。何とも思わないというと言いすぎです。少しだけ嬉しくても、余計な欲は感じないという意味です。その心理状態は修行を重ねた人だけが味わえる至福の境地です。実はそれこそが性の節制最大の魅力です。
玄米菜食だけでは決して到達できない地点です。食をいくら抑えても、体が健康になれば女性への関心が生じます。そこで重要なのは、女性への関心を少なく抑える努力と修行です。それを続けて行けば、普通の男性では味わったことのない喜びの世界が待っています。こうなると女性も男性も関係がなくなります。そして、スタイルが良いだけの気の強い女性(たとえば『ルパン三世』の峰不二子さん)などは視界にさえ入りません。実にくだらない女性です。
ここまでくると勝利はほぼ手に入ったも同然です。ただし、永遠にその状態が続くわけではありません。そこを間違えると偏屈な禁欲主義者となります。健康であればごくたまには限界に達するのは仕方がないことです。その限界はある日突然やってきます。しかし、次の瞬間からまた修行に励めば問題は一切ありません。それを死ぬまで継続するのが本当の修行です。
修行をしたことのない男性には想像できない綺麗な世界です。素晴らしいです。そして、女性の本当の魅力に気づきます。その本当の魅力をもった女性は日本にはごく少数しか居ません。諦めでも批判でもありません。事実を言っているまでです。性の節制をしていない男性は、浅はかな女性に軽くだまされて結婚します。外見しか見ていないからそうなるのであり、外見に目を向けるのは性の欲が強いからです。節制が唯一の対策です。
男性に必要なこと
性の節制は日本人男性に必要な修行です。修行を継続してみれば、その価値はきっとわかります。女性と楽しんでいたら堕落するだけです。画面越しの女性でも同じ程度の害があります。現代はすぐに女性に接することができる、情報化社会です。その社会のなかで「犠牲者」が大量に出ています。情報化が進まなければ、こんなに多くの犠牲者は出ませんでした。
取り返しのつかない状況はこれから進みます。まだ序の口といえる段階で、若い人たちからの崩壊が始まるのは明らかです。それも人類が望んだことです。誰のせいでもありません。技術を悪用してしまう人間の弱さが原因です。そして、慣れれば悪いことをしている気持ちはなくなります。
こうして日本人の男性は堕落の道を進んでいます。自分では楽しいからいいと思っているだけで、霊界では涙を流してその過ちを何とか止めようとの努力がなされています。守護霊だけは決して見捨てません。どんなに落ちぶれた男性でも、守護霊は見捨てない約束をしているからです。その守護霊からの配慮が目に入れば、堕落した男性も行動を見直すはずです。
10代の性教育は完全に間違っています。教える側が汚い心を持っているから、正当化して誤った行為を教えているだけです。自分の身は自分で守らなければなりません。この点は父親が導いてあげるべきです。それが父親の大切な仕事です。10代の性への欲はそれだけ強いからです。罪悪感がなくなったらもう終わりです。多少勉強が出来ても、旧帝国大学に進学できても無意味です。もっと大切なことはほかにあります。すべての日本人男性は、性の節制をしなければ人格者にはなれません。筆者もまだ修行中の身です。
2025年9月23日火曜日
パーティーに行かないこと
2025年9月21日日曜日
修理完了
押しつけがましいサイト
食と性の節制をする際に大切なのは、余計なウェブサイトやX(旧ツイッター)を読まないことです。押しつけがましく不安をあおる内容のサイトには注意が必要です。たとえば、性の節制を続けていて2ヵ月、3ヵ月経過したときに限界がきてわずかに挫折した場合に、それまでの苦労はすべて水の泡になる、といって脅してきます。
決してそのようなことはありません。日数がすべてではありません。1000日続こうが2000日続こうが、40代以降の男性が平然と実践できる場合の性の節制にたいした意味はありません。おじさんだからできるわけであり、若く健康な男性は違います。
また、ウェブ上のコンテンツは多くの人が読むものであり、文章は敬体(「です・ます」調)で書くべきです。良識のある人ならそう考えます。常体(「である」調)で書くのはあくまでも論文や新聞記事です。公開するメッセージを常体で書く人には傲慢さを感じます。
さらに食の節制で、一日一食を常に実行しなさいという人、玄米菜食以外を認めない人、定期的な断食がないとだめだと主張する人は、真理からほど遠い人たちです。このような偏屈な男性に関わっても時間とエネルギーを浪費するだけです。偏屈な菜食主義者は『修身録』の目指すところではありません。
食、性ともに自分の道を確立するのが好ましいです。誰かにとやかく言われることではありません。断食を1ヵ月間、2ヵ月間続けたからどうなるものでもありません。1滴ももらさない性の禁欲を2年間、3年間続けたとしてもそれだけで人生がうまくいくわけではありません。
筆者がもっとも大切にしているのは霊的知識の学習と実践、そして西野流呼吸法です。この2つが強力な力を授けてくれます。しかし、人によって事情は異なりますし、向き不向きがあります。毎日長い時間呼吸法を実践する時間が無い方もいます。霊的知識が受け入れられない場合もあるでしょう。それで良いのです。自分の信じる道を自らの努力で見出すことです。雑音には耳を貸さなくて良いです。信念があれば雑音は無視できます。相手が億万長者であっても、仕事で参考になることは通常ありません。その人なりの生き方を探すのが課題です。
もし信念があってお金に困っていなくて、仕事もすべて順調であれば食を楽しんでも良いです。しかし、お酒と女性だけは楽しんではなりません。仮に仕事やお金に困っているのであれば、まず性の節制を第一に、続いて食の節制を考えるとうまくいく可能性があります。
男性が性の完全禁欲を13年間続けたら本当に超人になるかどうかは誰にもわかりません。世界中で誰も実践できていないためです。過去に地上で実践できたのはイエス・キリスト様だけです。
2025年9月19日金曜日
すべて新鮮
2025年9月18日木曜日
心に抱く考え
2025年9月14日日曜日
どこまでが罪なのか
現代では情報環境の整備により誰でも手軽にアダルト情報を入手できます。毎日そのようなサイトをみて楽しんでいる男性の罪の程度を考えます。もはや娯楽とはいえない領域です。やや厳しく言えば、性犯罪を犯しているのとあまり差はありません。本人はそう思わないかもしれません。しかし、霊的な目で見れば過ちは確実です。
無料、有料のサイト閲覧を楽しむのは男性の一般的な趣味で、実際に女性に不適切な行動をとった場合に罪となる、という考え方には大きな間違いがあります。そこを正当化しているのがいまの先進国における男性です。とりわけ日本は規制がほとんど無い、無法地帯となっています。
それを前提に考えるならば、芸能人が性犯罪に手を染めた場合に批判できる日本人男性がどのくらいいるでしょうか。人の間違いを徹底的にやり込める人が、毎日ひそかに素知らぬ顔をして性的コンテンツを楽しんでいる事実があります。
インターネットの悪い側面が急速に広がっていて、手遅れになりつつあります。倫理観は消え失せ、他人にばかり厳しい中高年男性が増えます。
女性は中高年の男性と距離を取っておいたほうが安全です。自信過剰な男性は、少し甘い顔をすると「自分に気があるのではないか」と短絡的に考えます。感じよく接しない方が良いです。相手がお客や患者、上司、教師であっても同じです。特に自分が美しいと自覚する女性は、原則として男性にはそっけなく接することが大切です。嫌らしい男性は女性の外見しか見ていません。中身はどうでも良いわけです。したがいまして、外見はあまり華やかにしない方が安心です。
50歳、60歳を超えても女性に強い関心をもつ男性は筆者の周囲にもいます。というより、関心をもつ人の方が明らかに多いです。50歳を超えているからもう性的な欲は無いだろうと安心してはなりません。むしろ警戒をしなければならないのは50代以降の男性です。仮面の下の顔は節制している筆者にはすぐにわかります。しかし、女性にはわからないでしょう。男性でないとわからないことです。この点は常に警告を繰り返します。とにかく女性は防御をゆるめてはなりません。ほぼすべての男性を無視するくらいの気持ちでいても問題はありません。挨拶さえしなくて良いです。