水野南北先生が提唱する基本的な食事やシルバーバーチ霊とイムペレーター(インぺレーター)霊、ウィリアム・ステントン・モーゼス氏の訓え、西野流呼吸法、性の節制、フーチによる波動測定、英語学習、冷えとり健康法などについて研究するブログです。
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お菓子と性では
男性にとり、お菓子を完全にやめることと限界までの性の節制を継続することではどちらが難しいでしょうか。人によるとは思いますが、お菓子の完全禁止の方がやや難しいです。なぜならば、お菓子はどこでも手に入って自宅にあればつい口にしてしまうからです。ここがお菓子の怖いところです。1つ、2つなら大丈夫と理由をつけて食べると、習慣化します。
筆者がお菓子を完全にやめたのは6ヵ月間が最長です。それくらい続くと食べたいとは思わなくなりますが、他人からいただくなどどこかからお菓子が入ってきて口にするとまた元に戻ります。その繰り返しです。
お菓子1つでも体に害があるのは当然です。可能な人は完全にやめるのが理想です。筆者も挑戦し続けます。いつか必ずやめる予定です。
性の節制ではお菓子のように簡単に手に入らないので、目に入る刺激さえなければ大丈夫です。そして、節制をしている状態が平常値となれば、めったに欲が高まることはありません。人によっては「枯れてしまった」と思うかもしれません。枯れたのではなく、エネルギーが頭脳などほかの場所に移動しているだけです。心配はいりません。
もし本当に枯れたらどうしようかと心配するかもしれません。数年単位の1滴ももらさない完全禁欲では枯れる懸念はかなりあります。それを受け入れられる男性であれば、自己責任で取り組むのは良いと思います。筆者にはそこまでの覚悟はありません。機能を保ったままの限界までの節制が一番合っています。
そして、性の節制をすると仮に目の前に美しい女性がずらりと並んでいるような状況になっても - そんな経験は一度もありませんが ー 何とも思いません。何とも思わないというと言いすぎです。少しだけ嬉しくても、余計な欲は感じないという意味です。その心理状態は修行を重ねた人だけが味わえる至福の境地です。実はそれこそが性の節制最大の魅力です。
玄米菜食だけでは決して到達できない地点です。食をいくら抑えても、体が健康になれば女性への関心が生じます。そこで重要なのは、女性への関心を少なく抑える努力と修行です。それを続けて行けば、普通の男性では味わったことのない喜びの世界が待っています。こうなると女性も男性も関係がなくなります。そして、スタイルが良いだけの気の強い女性(たとえば『ルパン三世』の峰不二子さん)などは視界にさえ入りません。実にくだらない女性です。
ここまでくると勝利はほぼ手に入ったも同然です。ただし、永遠にその状態が続くわけではありません。そこを間違えると偏屈な禁欲主義者となります。健康であればごくたまには限界に達するのは仕方がないことです。その限界はある日突然やってきます。しかし、次の瞬間からまた修行に励めば問題は一切ありません。それを死ぬまで継続するのが本当の修行です。
修行をしたことのない男性には想像できない綺麗な世界です。素晴らしいです。そして、女性の本当の魅力に気づきます。その本当の魅力をもった女性は日本にはごく少数しか居ません。諦めでも批判でもありません。事実を言っているまでです。性の節制をしていない男性は、浅はかな女性に軽くだまされて結婚します。外見しか見ていないからそうなるのであり、外見に目を向けるのは性の欲が強いからです。節制が唯一の対策です。
男性に必要なこと
性の節制は日本人男性に必要な修行です。修行を継続してみれば、その価値はきっとわかります。女性と楽しんでいたら堕落するだけです。画面越しの女性でも同じ程度の害があります。現代はすぐに女性に接することができる、情報化社会です。その社会のなかで「犠牲者」が大量に出ています。情報化が進まなければ、こんなに多くの犠牲者は出ませんでした。
取り返しのつかない状況はこれから進みます。まだ序の口といえる段階で、若い人たちからの崩壊が始まるのは明らかです。それも人類が望んだことです。誰のせいでもありません。技術を悪用してしまう人間の弱さが原因です。そして、慣れれば悪いことをしている気持ちはなくなります。
こうして日本人の男性は堕落の道を進んでいます。自分では楽しいからいいと思っているだけで、霊界では涙を流してその過ちを何とか止めようとの努力がなされています。守護霊だけは決して見捨てません。どんなに落ちぶれた男性でも、守護霊は見捨てない約束をしているからです。その守護霊からの配慮が目に入れば、堕落した男性も行動を見直すはずです。
10代の性教育は完全に間違っています。教える側が汚い心を持っているから、正当化して誤った行為を教えているだけです。自分の身は自分で守らなければなりません。この点は父親が導いてあげるべきです。それが父親の大切な仕事です。10代の性への欲はそれだけ強いからです。罪悪感がなくなったらもう終わりです。多少勉強が出来ても、旧帝国大学に進学できても無意味です。もっと大切なことはほかにあります。すべての日本人男性は、性の節制をしなければ人格者にはなれません。筆者もまだ修行中の身です。